Talking Loud, Say Nothing!

とどあんの備忘録的独白。


Previous Entry Share Next Entry
On Vox: カップヤキソバの思ひで。
todoan

今日は昔の話をします。私は、カップラーメンには余り興味はないのですが、カップヤキソバにはものすごく執着する質です。大学時代にこの嗜好は明確になり、以来、20年近く、カップヤキソバを探求してきた。新製品は欠かさずチェック。ご当地モノも欠かさずチェック。もともとジャンクフードをほとんど食べない私にとって、カップヤキソバは唯一のジャンクな嗜好品だった。


そんなこんなで、隙あらばカップヤキソバ道にまい進してきたのだが、いくら好きでもインターバルが開くことがある。

そんなインターバルにまつわる悲劇。

仕事の関係で2002年の2月から8月にロシアに滞在していた。ロシアには当然、日本のカップヤキソバなんか売ってない。なんか似たパッケージのものがあるなあと思って買ってみたら、それはあくまでロシアのカップ麺で、がっかりしたりもした。

それで、ロシアに行って2ヶ月ほど経った頃だろうか。禁断症状が出てきた。無理を言って、妻にカップヤキソバをロシアまで送ってもらった。結構な送料だったのは覚えている。レトルトとか珈琲とかに混じって、一つだけとどいたカップヤキソバ。その日は仕事が終わるのをすごく楽しみにして、速攻で帰宅。カップヤキソバを堪能しようと思ったのだが…

インターバルがかなりあったからか、加えて、気がはやりすぎからか、作り方を間違えてしまった。本来、お湯を注ぐ、3分経ったらお湯を捨てる、その後、ソースを絡めて完成、という手順なのだが、このときはお湯を注ぐときに一緒にソースまで入れてしまった。何にも気付かずにお湯を捨てた段階で、「あれ、ソースがない」と私。ここで自分の犯した痛恨のミスに気付く。慌てても時、既に遅し。カップヤキソバ特有の脂っぽくて濃い液体ソースは………もうない。代わりのものを探したが、この時、自宅にはきわめて貧弱な調味料しかなかった。カップヤキソバのあの濃厚なテイストを味わうことは不可能であることが確定。このとき泣く泣くすすった「カップヤキソバ様のもの」はものすごーく、薄いほのかなソース味だった。

禁断症状から、急いた自分が悪い。このときはそう思って自分を納得させたのだが、いまだにこのときのことを鮮明に覚えているということはそれだけ衝撃が大きかったということなのだろう。なお、このときを契機に、カップヤキソバのみならず、カップ麺も必ずちゃんと作り方を読んでから、作るようになった。人は学習するってことだ。

確か、その後もロシアに1回くらいカップヤキソバを送ってもらった気がするが、その時はうまくつくれたからか、余り覚えていない。

あれから8年。このとき以上に落胆したことはないですよ。つくづく自分は単純でくだらない人間だいうことがよく分かるエピソードですね。

正月に姫路で。繁華街の古めのビルの地下で発見。味わい深すぎるコートダジュール。しかし、なぜコートダジュールがカラオケ喫茶&スナックなのか。しかも、演歌なのか。

Ricoh GR Digital II

Originally posted on todoan.vox.com


?

Log in

No account? Create an account